地域環境学の部屋総合地球環境学研究所
コロンビア川の環境アイコン




コロンビア川とダム


 コロンビア川は、カナダ・ロッキー山脈から米国ワシントン州、オレゴン州を流れる、全長1850kmの大河です。流域面積67万平方キロで、米国第4位の流量を誇ります。かつてのサケ科魚類溯上数は年間1500〜2000万尾と言われています。

 コロンビア川本流には、18基の発電(+灌漑)用ダムがあり、流域全体で150の水力発電施設があります。小さなダムをいれれば、流域のダムなどの構造物の総数は、1000基以上にのぼると思われます。

 ダムなどの構造物は、サケなど、川と海を行き来する回遊性魚類の移動を妨げます。コロンビア川流域では、多様なサケ科魚類の資源が危機的状況にあります。たとえば、ベニザケの場合、1941年にGrand Coulee Damが完成して、その上流1084kmがベニザケの溯上から遮断されました。1968年にはJohn Day Damが完成し、その際には20万個体が溯上を妨げられ死亡したと推定されています。現在、ベニザケ生息域に21基の魚道がないダムがあります(Augepot, X. Foley DN. 2005. Atlas of Pacific Salmon. University of California Press. 161pp.)
McNary Dam, オレゴン州ユマティラ郡、1957年完成
McNary Dam,
オレゴン州ユマティラ郡、1957年完成


サケの生息に影響を与える「4H」



Habitat(生息環境) Hydropower(水力発電) Harvest(漁獲) Hatchery(孵化場)

 サケ科魚類の生息は、さまざまな要因によって影響を受けます。まず、川で産卵するための産卵場所と、生まれた稚魚がえさをとり、成長するための環境が重要です。大規模な灌漑のために季節的に河川の水量が大きく変動すると、サケ科魚類の生息に大きな影響があります。ダムなどの構造物は、灌漑と主に北西アメリカ地域に電力を供給する発電のために設置されてきましたが、産卵のために溯上する親魚にとってたいへんな障害です。子どもが海に下る際に、発電用のタービンに巻き込まれて死亡する危険もあります。サケ科魚類は重要な水産資源であり、特に海における漁獲はサケの個体群に大きな影響を与えます。サケ科魚類の増殖のために人工的に孵化させた稚魚を大量に放流することは、自然の個体群の産卵場所を奪ったり、遺伝的な構造に影響を与える可能性があります。また、孵化場から寄生虫などの有害な病原体が野生の個体群に広がる危険もあります。

 激減したコロンビア川流域のサケ科魚類を再生させるためには、流域の開発と河川改修などによって改変されてきた生息環境を、サケ科魚類の生息に適したものに整えることが必要です。同時に、サケの遡上や流下を妨げないようにダムの構造を改善して行くことが重要です。海における漁獲を持続可能な形で管理すること、自然個体群への影響が少ない人工ふ化と種苗放流の規模や方法を開発することもたいせつです。

サケに優しいダムの構造


 コロンビア川のダムの多くでは、産卵のために川を遡上するサケ科魚類の親魚がダムを迂回できるように、ダムを設計、建設、管理する米国陸軍工兵隊は、効果的な魚道を設置しています。McNary Damのような大規模なものだけでなく、小さな堰にも、サケ科魚類が溯上できる魚道がきちんと設置されています、また、魚道を通過したサケの数をモニターしています。

Umatilla川Nursary Bridgeの小さな灌漑用の堰に設置された魚道。川の両岸に2本の魚道がある McNary Damの魚道を通過したサケの数を表示するパネル
(Umatilla川Nursary Bridgeの小さな灌漑用の堰に
設置された魚道。川の両岸に2本の魚道がある)
(McNary Damの魚道を通過したサケの数を表示するパネル)

 また、流下する稚魚が発電用タービンに巻き込まれないようにするために、タービンの直前にフィルターを設置してタービンを迂回させる技術も開発されています。McNary Damでは稚魚はパイプを通じて実験室に送られ、計測とマーキングが行われます。そして、活魚船で下流のダムまで運ばれて、次のダムも迂回して放流されます。また、活魚トラックでもっと長距離を運ばれて、河口近くで放流されることもあります。米国陸軍工兵隊が主導するこうした大規模な取り組みは、流下する稚魚の生存率を可能な限り高めようという試みです。

 このような努力によって、本流のダムにおけるサケの遡上と流下の経路は確保され、サケの個体群は回復しつつあるように見えます。しかし、たとえば支流のスネーク川下流には、魚道が整備されていないダムが4基あり、オレゴン州とアイダホ州にまたがる広大な流域へのサケの移動の障害となっています。サケとダム(発電)をめぐる論争は、まだまだ終息しそうにはありません。
McNary Damの流下稚魚にタービンを迂回させるための大規模施設。活魚船による輸送、陸路による輸送まで導入して、非常に高い生存率を達成している。
McNary Damの流下稚魚にタービンを迂回させるための大規模施設。
活魚船による輸送、陸路による輸送まで導入して、非常に高い生存率を達成している。


サケ科魚類をアイコンとした自然再生



 サケは、特にアメリカ先住民コミュニティにとって、伝統文化と密接に関連する重要な環境アイコンです。先住民にとって、サケを獲り食べることは伝統文化に根ざした権利である、と見ることもできます。コロンビア川流域の先住民特別保留地の政府、たとえばユマティラ川流域のConfederated Tribes of the Umatilla Indian Reservation (CTUIR)は、コロンビア川における水力発電を担う連邦機関であるBPA(Bonneville Power Administration)などからの豊富な資金援助を受けて、さまざまな自然再生事業を実施しています。また、先住民特別保留地政府の内部に、水産資源や自然環境にかかわる研究機能を持ち、自然再生事業の成果のモニタリングや課題の抽出も行っています。

 また、BPAはこれらの活動に資金を提供するだけでなく、自らもさまざまな自然再生活動を通じて、サケ科魚類の生息環境の再生に貢献しています。米国陸軍工兵隊の優れた技術と知識が、このような活動を支えています。
CTUIRが所有するユマティラ側のサケ採卵場。
CTUIRが所有するユマティラ側のサケ採卵場。

 このような現状から見ると、コロンビア川流域においてサケをアイコンとした河川環境の再生とサケ科魚類の保全が成功しつつあることには、米国陸軍工兵隊、BPA、CTUIRなどの先住民特別保留地政府がかなり重要な役割を果たしているのではないか、と思えてきます。

 ○US Army Corps of Engineersのサケ科魚類保護に関する高い技術力
 ○BPAの豊富な資金
  絶滅危惧種保護法(1973年制定)・・・指定された種を生息地ごと保全する義務を負う。
  サケ科魚類の保全はBPAにとってはコンプライアンス
 ○CTUIRの伝統文化と資源利用の保全に対する強い意欲とBPAの資金による多様な研究と保全活動

 これ以外にもサケ科魚類にかかわるさまざまな利害を持つ多様なステークホルダー(サケ保護団体、ダムの灌漑用水に依存する農業者、先住民族と中心とした河川漁業者、サケ科魚類の生態観察などを主眼としたエコツーリズム業者、関連分野の大学研究者、連邦政府や州政府)が、それぞれ異なる思惑を持ちながら相互作用しつつ活動しています。サケ科魚類を中心として、こういったきわめて多様なステークホルダーが、意見や手法の違いを持ったままで、相互の緊張関係を維持しながら、サケ科魚類という共通の環境アイコンをめぐって相互作用している状態が、コロンビア川のサケ科魚類の中心としたダイナミックな自然再生活動を動かしているのではないか。私たちはこのような仮説に基づいて、環境アイコンを活用した自然再生と地域再生の道筋を探っています。



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